第3回がん治療の進歩

検査機器の開発によって、がん診断の精度向上は目覚ましいものがあります。がん検診の進化をテーマに予防や治療の最前線にいる専門家が語り合った座談会の第3回は「がん治療の進歩」です。さまざまな治療の恩恵を受けるためにも、早期発見がますます重要になっています。

多様な選択肢 治療に希望

長谷川
近年患者数が増えている肺がんですが、手術方法も大きく進歩しているそうですね。
千原
がんの進行によって肺をどのようにどの程度切除するのかを選びますが、今は全国的に胸腔鏡下手術が主流です。体の脇に小さな穴を開け、そこからカメラを体内に入れます。背中に穴を2個ほど開け、前は4センチほど切って、それぞれから器具を入れ、カメラの映像を見て患部を切除します。傷が小さく痛みが少ないので、従来の手術に比べて約1日早く退院できます。入院から退院まで約1週間です。
肺がんのTNM分類と病期 治療
長谷川
入院日数が短く、術後の体の負担も少ないのですね。消化器のがんでも同様ですか。
大野
同様の傾向です。胃がんについて2017年の当院での外科手術は159件、お腹を切らない内視鏡手術は180件でした。共に全国有数の件数ですが、早期胃がんはお腹を切らずに治療する機会が増え、体への負担も少なくなりました。

遺伝子の特徴に応じ薬を選べる時代に

長谷川
手術で取りきれないがんに関しては、薬も多様化していますね。
古賀
主流だった「抗がん剤」以外に、「分子標的治療」が進歩しています。例えば、競泳女子日本代表の池江璃花子選手が白血病を発症したニュースは、記憶に新しいところです。白血病は血液のがんです。かつて不治の病と言われていましたが、今は治る時代です。改めて白血病治療の進歩を感じます。慢性骨髄性白血病なら、分子標的治療薬で8割以上の方が治ります。この治療が他のがんにも使えるようになったのは大きいです。
千原
肺がんでも分子標的治療薬による朗報があります。非小細胞がんの中で、今増えている腺がんは東アジアの女性、特に日本人の非喫煙者に効果的な薬があります。逆に、たばこを吸っている男性だと効果はない上、副作用も生じます。
発生した肺がん細胞にどのような遺伝子異常が生じているかによって治療効果が変わることが分かり、2004年頃から、肺がんの遺伝子異常に応じて適切な薬物治療を選択できるようになりました。
さらに、免疫チェックポイント阻害剤という新薬も登場しました。がん細胞と戦うT細胞の機能を回復させる働きをします。あらかじめ効果が得られそうか調べて投与します。必ずしも万人に効くわけではありません。   
古賀
従来の抗がん剤は、正常な細胞・がん細胞両方を攻撃していましたが、分子標的治療薬は、がん細胞だけを攻めます。さらに免疫チェックポイント阻害剤は、がん細胞が免疫にブレーキをかける仕組みに働きかけます。原則、正常な細胞にダメージを与えないということは、がん治療の歴史の中では特記すべきことです。

誰もが罹患の可能性 早期発見が一層重要

長谷川
この30年間で、私たちもがんへの意識が変わってきました。もし自分ががんになったら、どんな心構えを持つべきでしょうか。
大野
私が医者になった20年前、がんは死に直結する病という印象が強く、患者さんに告知することはまれでした。ですが、今は違います。胃・大腸がんなど長寿が期待できるがんも多くなっています。
まず内視鏡手術、それが難しければ外科手術や化学療法…と治療の選択肢は多様です。がんになっても、すぐに諦めずに自分ができる治療を模索することが大切です。
千原
ニュースキャスターの故筑紫哲也さんが、自身の肺がんを公表したときのコメントが思い出されます。「自分は肺がんにならないという、妙な自信があった。ところが実際はそうでなかった」。誰もが元気な時は、自分だけは別だと思っていますが、加齢とともに危険因子も加わって、がん発症の可能性も認めるべきです。
私も、いつ自分ががんになっても不思議ではないと思っています。もし罹患したら、その時点で一番良い治療を受けて、時間を稼ぎます。私は「がんを根治する」と、患者さんには言いません。それより、できるだけ長く良い人生、時間を得られるための治療を探します。時間を稼いでいるうちに、新しい薬や治療法ができてくる。その時間に何か良いことができたり、家族や周りの人たちとも何かできたりするのではと思っています。   
長谷川
これだけ進んだがん医療の恩恵を受けるためには、やはり検診での早期発見が大切ですね。
部位別5年生存率[男性2006?2008年診断例]、部位別5年生存率[女性2006?2008年診断例]

がん検診はチャンス 先延ばしにしないで

森島
静岡市では現在、「健康長寿のまち」の実現に向けた取り組みをしています。市民の皆さんが、できる限り健康で、住み慣れた自宅で自分らしく過ごせることを目指しています。
まずは健康の「見える化」。がん検診や健康診断を受けることで、自分の健康状態を知ってほしいのです。他にも、社会参加や運動、食事を通じた健康づくりを推進しています。食はがん予防に大切だと先生方のお話にもありました。
国立がん研究センターでは、禁煙、節酒、食生活、身体活動、適正体重の維持を図ることで、がんのリスクが低くなると発表しています。この五つを実践すると、男性で43%、女性では37%も発症率が低くなるそうです。
静岡市議会では、4月1日施行を目指して、がん対策推進条例が進められています。がん対策の推進は急務であると考えられることから、がんにならないように生活習慣病予防、検診による早期発見に今後も取り組んでいきます。皆さんも勤務先や市町が実施する検診など、少ない自己負担額で受診できるがん検診を、ぜひ受けてくださるようお願いします。
五つの健康習慣を実践することでがんになるリスクが低くなります
長谷川
私たちは、健康に気がかりなことがないと、つい検診を先延ばしにしがちですね。最後に、先生方から皆さんへメッセージをお願いします。
大野
がん検診は完璧ではありません。日常生活を摂生するから検診はしないと決めつけたり、逆に検診を受けるから不摂生でも大丈夫、と考えたりするのは危険です。健康的な体づくりを心掛けながら、定期的に検診も受けるバランス感覚を大事にしてください。
千原
肺がんに限らず他のがんや疾患でも、たばこは悪影響をもたらします。私は、たばこと縁を切る「絶煙」という言葉を作りました。ご自身の禁煙はもちろん、周囲で喫煙している方がいたら「絶煙」を勧めてください。私は大学入学で吸い始め、卒業前に友人と勝負をしてたばこと縁を切りました。
肺がん検診で一番簡単なのは、やはりレントゲン写真です。この検査で、医師が変だなあと思ったことが早期発見になって、命を救ったというケースは案外多いのです。検診をチャンスと捉えて受けてはいかがでしょうか。
pagetop