第1回検診を正しく知る
平成の約30年の間に、日本では健康や医療面でも大きな変化がありました。
中でも日本人の二人に一人がかかると言われる身近な病気「がん」の検診・診断・治療の近年の変化について、予防や治療の最前線にいる専門家にお聞きしました。
がんによる死亡減らす近道
- 長谷川
- まずはがん検診を正しく知ることから始めていきたいと思います。森島さん、国では科学的根拠に基づくとして、自治体が率先してがん検診を行うよう定めていますが、どのような種類がありますか。
- 森島
- 検診は2種に分けられます。自治体が行う集団検診を対策型といいます。それ以外は任意型といって、人間ドックなどが挙げられます。
検診で対象となるがんには、国の指針に基づくものとして、胃がん、子宮頸(けい)がん、肺がん、乳がん、大腸がんの5種類があります。これらの検診は、年に1回あるいは2年に1回受診するよう、国が勧めています。ただ、残念なことに受診率は低く、50%以下という状態です。
- 古賀
- 今や、国民の2人に1人ががんに罹患(りかん)する時代ですが、罹患者の4割はがんによって亡くなっているのではありません。現在、特に大腸がんと肺がんの罹患者が急増していますが、それに対抗するように、がんの治療法も日進月歩の勢いで進化しています。
がん治療には、「手術」「放射線治療」「抗がん剤」「分子標的治療」、そして昨年、本庶佑さんがノーベル医学・生理学賞を受賞して話題になった、ニボルマブ(製品名オプジーボ)といわれる「免疫療法」などがあります。これらの治療法をいかにうまく取り入れて、がんと戦い、あるいは共存していくかが大切です。そのためには検診による早期発見が重要です。特に検診の対象となっているのは、日本人が罹患しやすいがんです。早期発見には、検診を継続して受けていくことが近道なのです。 - 長谷川
- 肺がんが増えているというお話が出ました。千原先生、基礎知識について教えてください。
- 千原
- 肺がん発症のリスクの筆頭は、喫煙と副流煙による受動喫煙です。次いで、アスベストや排気ガスなど職業や環境が要因に挙げられています。
肺がんは、小細胞がんと非小細胞がんに大別されます。小細胞がんは転移が速い特徴があり、治療の基本は薬。非小細胞がんは基本的には手術。このように治療法が大きく分かれるためです。
がんの段階としては、大きさやどこまで広がっているか、リンパ節転移があるかなどによって分類します。手術によって切除するか、もしくは抗がん剤や放射線治療を選択するかを判断します。 - 長谷川
- 肺がんの患者さんは、自覚症状か、それとも検診の結果によって受診するのでしょうか。
- 千原
- 私が出会う人が外科対象なので、咳や血痰という症状で受診する方は比較的少ないです。風邪がなかなか治らない、咳が続くといった症状で呼吸器内科に行き、レントゲンで影が見つかったとか、心臓病などでレントゲンを撮ったら判明したというケースも少なくありません。大半は自覚症状がない人です。
- 長谷川
- 大野先生、消化器のがんの基礎知識も教えてください。
- 大野
- 国内のがんの部位別の発症件数では、1位が大腸がんで、2位が胃がんです。ただ、これら消化器のがんは罹患者が多いのですが、早期に発見すれば治りやすいという特徴があります。
「食道がん」の主な原因は、お酒とたばこです。逆流性食道炎が関係する食道がんもあります。
「胃がん」の主な原因は、ヘリコバクター・ピロリという細菌の感染です。多くは免疫が未完成の5歳ごろまでに感染します。汚染された土や水を飲んだり、ピロリ菌に感染した親からの口移しで物を食べたりすることで菌が胃にすみ着きます。現在の日本では上下水道が整い、感染率は年々下がっています。50代以上では60~80%がピロリ菌に感染しており、若い年代ほど除菌をすれば胃がんのリスクは低下します。一方、除菌成功後も約10年間は胃がんのリスクが高い要注意期間です。
「大腸がん」の主な原因は上記二つのがんほど特定していません。昔は肛門に近い直腸がんが多かったのですが、現在はそれより口に近い結腸がんが増えています。見た目で血便が出ないから大丈夫、という過信は禁物です。検診で行う便潜血法は見えない微量の出血も感知するため大腸がんの発見に有用です。
高齢化や生活環境 罹患傾向に影響
- 長谷川
- 日本人のがん罹患の傾向の変化について教えてください。
- 古賀
- 日本人は長きにわたり、結核などの感染症と戦ってきましたが、20世紀に次々開発された抗生物質や抗菌剤により、感染症による死亡率は低下しました。それと入れ替わるようにがん患者が増えてきました。死因別死亡者数でがんは最近40年間ずっとトップで、変わらず増加傾向にあります。 これは、日本が超高齢社会になったのが大きな原因です。医療の発達や生活環境の向上に伴い、多くの人が長生きするようになりました。高齢になれば老化現象で遺伝子が傷ついていき、がんを発症しやすくなるのです。
- 長谷川
- 大野先生、千原先生、消化器のがんと肺がんについて、近年の傾向はいかがでしょうか。
- 大野
- 「大腸がん」の増加は注目すべきです。飲酒、喫煙、野菜不足、加工肉、遺伝などが影響しますが、これらが複合的に関係します。このため予防策を絞りにくいのです。「胃がん」はピロリ菌感染率の低下とともに今後減っていくでしょう。
負担少ない早期手術 心身元気なら何歳でも
- 千原
- 肺がんについては、たばこが主要因です。半世紀前の日本人の喫煙率は、実に約80%もありました。健康志向の現在、その数字は下がっているものの、それでも男性の約30%が喫煙者です。がんは20~30年たって発症しますので、まだしばらくの間は罹患者が増え続け、次第にピークを迎えるだろうと思われます。
1984年の1500例ほどの切除例の報告では、喫煙によってできる肺門型の「扁平上皮がん」と、肺の端にできて自覚症状がない肺野型の「腺がん」の割合はほぼ同じでした。2015年の統計では年間4万人(肺がん全体の約40%)が肺がん手術を受けていて、今や腺がんが圧倒的に多く3万人ほどです。ニコチンやタールの含有量が少ないたばこやフィルターたばこが主流になったことが関係しているようです。
偶然見つかるケースは早期の段階が多く、そのため治療は手術が主流です。
- 大野
- 消化器がんも同様ですね。私は内科医として主に胃・大腸カメラで、お腹を切らずに早期がんを切除する「内視鏡手術」を行っています。当院は外科手術も多い病院ですが、いずれも手術を行うか否かを年齢だけでは決めません。患者さんが歩行できる体力があるかとか、病状の理解が十分かなど、心身の健康状態を総合的に判断し、手術の実施を決めています。
- 長谷川
- 決して年齢で治療を諦める必要はないということですね。この30年、社会の変化や食生活の欧米化などが、がんの現状や傾向にも関係ありそうだということも分かりました。